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『漁港の肉子ちゃん』を見た

· 7 min read

とてもよかった。

ストーリー

キクコと肉子の日常生活が描かれる。メインのキクコの視点は低めの温度でしっとりと描かれるが、肉子がいつも激しく動いていて騒がしいので全体としてローテンションではない。キクコが肉子やサッサン、マリア、二宮との関わりの中で少しずつ成長していくところが十分面白かったので、キクコと肉子の過去で一山作って大団円みたいな流れは少々不自然に感じた。急に作品の核心のようなテーマをキャラクターがベラベラ喋りだしてしまった。言葉で言われちゃったらそういう映画なんだなって思ってしまうじゃん。のんびりどんよりしているところも面白かったのに。

女の物語

序盤にキクコが自分の肉体をまだ女性らしくならないと評するシーンがあり、生理が来て終わる。この点に注目すれば女の物語として見ることもできる。

肉子は女だ。女の体を売り物として生計を立てていたし(イメージ映像に出てくる大量のキノコは強烈だった)、恋多き女でもあった。みうにとっては姉であり、成り行きで母にもなった。みうの妊娠中は夫や父っぽい立場でもあった。紆余曲折ある人生だが肉子に屈折したところがなく、いつも肉子らしく全力で生きているので気持ちいい。肯定的だ。

ここまで書いて気づいたけど、これ原作は小説なんですね。肉子をこのような極端なデザインにしたことで原作のテイストが変わってしまっていないのかは気になった。原作ファンではないので深入りする気はないが…。

異常の物語

二宮の「癖」がクラスメイトに嘲笑されるという定番のシーンがない。キクコは驚きはするが受け入れて普通のこととして話題にしている。嘲笑の意図なく真似してどんな感じなのか知ろうとする。二宮が寿センターで箱庭療法を受けている話も別に秘密ではなく、(物語上特に重要ではない)桜井と松本も知っている。この辺りの温度の低さは特徴的だ。

肉子の尋常ならざる振る舞いも街では単なる有名人として受け入れられている。キクコも実は妙な癖があることが最後に明かされるが、これも誰かに何か言われるわけでもない(だから視聴者は最後まで気づかない)。みんな当たり前のように一緒に生きている。

メインカルチャーの大手である吉本興業だが、21世紀にはちゃんと21世紀っぽい作品を作って出してくる辺りさすがにしたたかだなと思った。対してかつてサブカルチャーだったアニメは今でも「サブ」を提示出来ているんだろうか?

テクニカル

作画

全部上手い。肉子はコミカルに、キクコは繊細に。2人が似てないことを絵で表現し続けたからこそ後半の展開が成立した。二宮の「癖」(チック?)をキクコが真似するシーンもちゃんと表現の強さに差がつけられていて、止められない癖と意図的な真似の違いが表現できていた。この差もまた、物語の中では重要だったはずだ。

現在の肉子のコミカルな動きの描写が、過去回想に入っていくところではそのままストリッパーの動きのイメージに重なる。振れ幅の大きい物語を映像の力を頼りに接続して一本の映画にまとめ上げているのは渡辺歩監督のベテランの手腕だろう(この映画を見てやっと『海獣の子供』の見方がわかってきたみたいなところある)。

音楽

一人ひとりの演奏が絶妙に聞こえたり聞こえなかったりするアレンジの塩梅がちょうど僕好みで良い。使いどころも厳選されていてよく効いている。音色の変化が多彩でメインテーマが様々な顔を見せる。アコーディオン(田ノ岡三郎)が目立つ曲が多い。ちなみにもう配信されている。

その他

パンフレットが非常に充実している。制作スタッフコメントは驚きの48人で、特に役職のない原画からも13人のコメントが掲載されていた。内容も有益なものが多く、かなりしっかりと構成・編集しているようだ。同じく4℃と吉本で作った『映画 えんとつ町のプペル』のパンフレットもそうだったので、クリエイターをブランディングしていこうという方針なのだろう。良いことだ。