※本記事内の画像は『パズドラクロス』1話より研究のために引用したものであり、それらの権利はパズドラクロスプロジェクトにあります。
『パズドラクロス1話 ドロップ・インパクト』
脚本:永川成基・佐藤大 絵コンテ・演出:亀垣一 作画監督:秋山由樹子 作画監督協力:遠藤裕一・遠藤正明 キーアニメーター:渡部圭祐
アニメの1話では、既にある世界観やキャラクターといった静的な情報と、物語がどうやって動き出すとかいう動的な情報を提示しなくてはならない。
パズドラクロス1話「ドロップ・インパクト」では脚本・演出が一体となってそれらを見事に達成していた。
Aパートファーストカット。3つの月を背景に飛行するドラゴン。定番ではあるが、これだけで「そういう世界観か」とわかる。
隕石のようなものが海に落下したかと思うと、そのまま夜明けを迎える。隕石が落下したこの街が舞台であることをスムーズに示す。
鳥の群れを散らして街の上をドラゴンが飛ぶ。
ドラゴンが地上に作る巨大な影を見ても驚かずに開店準備を続けるおっちゃん。つまり、ドラゴンのような存在が当たり前な世界であると分かる。
「朝市に行くんだろう?だったらこっち使いな」
「えぇ?」
「とぼけてんじゃないよ」
「えへへ」
このやり取りだけでも
- エースは普段からミセス・シードニアの家の庭を近道に使っている
- エースはその近道を知らないふりをした
- ミセス・シードニアは1のことを知っており、それを許している
という複雑な関係が推測できる。
これによってエースが街の人と良好な関係を築いていることや、表面上でミセス・シードニアをだまそうとしたいたずらっぽさ・したたかさが表現されている。
「父さん、いるんだろう?エースを通してやって」
「おはよう」
「それくらい飛び越えんか」
「はーい」
「こないだの魚あったら一匹頼む」
ミスター・シードニアもエースと顔なじみであり、あいさつもなしにおつかいを頼むほど仲がいい。
さらにエースが元気いっぱいの少年であり、扉くらい簡単に飛び越えられることを知っている(このあとエースは庭の逆側の柵を飛び越える)。
となりの建物の屋上に飛び移り、昇降機を使って降りる。
エースが毎日のようにこのルートを使っていること、この街の構造についてよく知っていることが表現されている。
「これ、ください」
「うちの卵はなあ、どれも産みたて新鮮だ」
「だね」
「ただ、やつらにもその日の体調ってやつがある」
「あるね」
「なぜわかる?」
「わ、わかるって?」
「これだけじゃねえ。魚屋のウォルトンも言ってた。その日一番のイカを見抜かれたと。よーしエース。お前はやっぱり俺んちの養子になるべきだ」
「何言ってんだいあんた、エースにはレナがいるじゃん」
「もちろんレナごともらうさ~」
重要なシーン。エースに何かを「見抜く」力があることが示される。
そしてエースの受け答えは非常にフランクであり、このおやじと毎朝のように会話していることがわかる。
エースがこの街で暮らしてきた過去が垣間見える演出である。
妻のセリフからエースの家族はレナ(母)だけであることが示唆される。
それに対してエースが特段神経質な反応を見せないことからもまた、彼に性格や環境を推しはかることができる。
エースが帰宅。
「ただいまー」
「あぁエース、えっ、あ、あーちょっと」
「あとでシードニアさんが顔出すって」
「よおハル、どうした?腹でも痛いのか?」
「お腹痛いやつがコーヒー飲みに来る?(ハッピーを見て)ハッピー!もうどこ行ってたの?」
「やっぱりか。首輪ついてたから」
「ハッピーを知っててさらおうとしたんだ」
「怒るぞ」
「うそうそ、ありがとうエース。お礼に何でも食べて」
「俺んちだ!」
このシーンを言葉で説明すると、ハルがハッピーがどこかに行ってしまったとレナの店に相談に来たら、そこにちょうどハッピーを連れたエースが帰宅したというもの。
しかしその状況を丁寧に説明するセリフがほとんどない。
レナはエースがハッピーを連れてきたのを見て驚くがハルに伝えようとはしない。
エースとハルはいきなり軽口をたたき合っている。
「ほんとにここの目玉焼きは最高です!明日も来ます」
目玉焼きが美味しいというのは、エースがいい卵を選んでいるから。
「エースも男なら龍喚士を目指すべきべきよ」
ここでこの表情。レナはエースに龍喚士になってほしくないことがそれとなく示される。
「エースも男なら龍喚士を目指すべきよ」
「俺が?考えたことないや」
「モテるのに」
「そうなの?」
「そうよ。当たり前じゃん」
「さてはかっこいい人いるんだ」
「ふーん、そういうこと」
「今朝さ、ビエナ湾に隕石落ちたって知ってる?」
龍喚士になればモテるという言葉で釣るというのはありがちだが、そこでレナが逆にハルがカッコいい龍喚士に憧れていると切り返す。
そしてエースもそれに同調してからかおうとするが、ハルがしれっと話を逸らす。
レナが割り込んでくる流れの若干の不自然さを考慮すると、エースを龍喚士にしたくないために茶化しているようにも読める。
「(回想)いつか見えるようになるかも」
ドロップが見えないのに龍喚士になろうとするハルに対して、ドロップが見えるのに龍喚士には興味がないエース(公式サイトあらすじによると初めて見えたらしい)。
「ねえ、ハッピーって喋ったことある?」
「うーん」
「なに?」
「よかった。熱はないみたいね」
「熱なんてないよ」
「いつから声が聞こえるのかなあ。先生に言ってみて」
突拍子もないことを尋ねられたハルは言葉で反応する前に、エースに熱があるのではないかと茶化して熱を測る。
この直後にハルはランスを見つけて、頬を赤らめて話しかけている。
ハルはランスに憧れている一方で、エースとは遠慮のない関係であることが表現されている。
「ただのカッコつけじゃん」
ランスが視線を感じて振り返るとエースが見ていた。
アイスクリームが溶ける描写は、エースがランスを見て何かを考えており、手元のアイスが溶けることに気づかなかったことを示している。
その後のエースのセリフの解釈は2通り考えられる。
- エースは龍喚士のことが嫌い
- エースはランスのことが嫌い
ただ、おそらくエースとランスは初対面であり、エースがランス個人を嫌いになる理由があるとは考えにくい(ハルがランスに見せた態度から嫉妬したとも考えられるが、ハルとエースの関係を見るとあまり妥当ではない)。
そう考えるとエースは龍喚士という存在そのものにあまり好感を持っていないという解釈が有力である。
これは(ドロップが見える才能があるのに)龍喚士に興味がないという事実と整合する。
しかしその直後、自分を呼ぶ謎の声に導かれて歩き出す。ここで思わずアイスクリームを落としてしまう。
メタ的に言えばこの「謎の声」はエースを龍喚士の道へ導く存在だろうから、皮肉なカットである。
エースは龍喚士には興味がないが、この謎の声にはなぜか惹かれてしまう(アイスクリームを落とすほどに)。
運命的な出会い。陰影がはっきりしたレイアウトに入射光が入り、特別な出会いであることを印象付けている。
「お礼にアイスおごるっていうから、それをデートって、おかしいよ」
「今はその話どうでもいいかな」
「ええー、じゃあ、何が?」
(レナが卵を指さす)
「ええー、あれ、おかしいな。気づかなかった。なにこれ」
「とぼけない」
「あはは。イヤサン埠頭でさ、見つけたんだけど。こんなの見たことないんだ。なんのだろう」
エースは卵を持ち帰ってきたことを怒られているのだと分かっているが、デートをすっぽかしたことを怒られていると勘違いしているふりをしている。
冒頭と同じように複雑な欺きを行っているのだ。
卵を見たレナは驚く。
「うちはお店やってるのよ。ペットなんて飼えません」
一見正論であるが、合間に一瞬目をそらして悲しげな顔を見せる。先ほどの驚きと合わせるとこの発言は本音ではないのだろう。
本心ではこの卵がエースを龍喚士の道へ導くことを予期しており、その先に悲しいなにかを想起している。
「(回想)大人になったら一緒にモンスターを探しに行こうな」
「お父さん…」
卵を戻しに行くエースの回想。
エースやレナが龍喚士に対して見せる微妙な態度や、エースが卵に対して見せる執着はこの1カットに集約されている。
もちろん1話の段階でただ1カットだけの回想ですべてを言い当てることはできないが、父親が今はいないこと、そしてそれにまつわる過去の何らかの出来事がエースやレナに大きな影響を与えていることは間違いないだろう。
ここでAパートは終了。Bパートはバトルの見せ場なので、本稿のテーマと関係あるところだけ見ていく。
住民が退避させられている現場にエースが潜入できたのは、冒頭で示されたようにエースが街の構造をよく理解しているからである。
「カッコつけ!すぐにやめさせろ!なんでモンスターをあんなふうに使うんだ!」
ランスに対して。
実際には暴れているモンスターはランスのものではないのだが、エースはランスがモンスターを暴れさせていると誤認している。
そのうえでモンスターをそういう風に使役することに対して強い反感を覚えている。
ここから2つのことがわかる。
- エースはランスが(龍喚士)がモンスターを暴れさせているに違いないという先入観を持っている
- エースはモンスターとの望ましい関係について自分の考えを持っている
これらは、やはり父親と何らかの関係があるのではないか。
全体として
- セリフが直接的ではなく、視聴者にとって不親切だがキャラクター目線でリアル。だからこそ作品世界の空気が感じられる。
- 言葉に頼りすぎることなく行動・視線・表情によってキャラクターの性格や考えが良く表現されている。
このような点から、パズドラクロス1話は冒頭で挙げたアニメ1話の条件である静的・動的な情報のうち、特に静的な情報を効率的に提示できている。
本稿ではあまり取り上げなかったが、ランスの来訪やBパートのバトルは逆に動的な情報である。
Aパートで静的な情報が非常にうまく提示できたからこそ、Bパートではバトル描写に専念できた。
脚本は永川成基氏・佐藤大氏の連名。佐藤氏はシリーズ構成であり、永川氏はストーリーライダーズのメンバーである。
クレジット順から推測すると永川氏の脚本を佐藤氏が構成として監修したということだろう。
永川氏のこの独特な会話の作り方や情報の出し方は視聴者に対して挑戦的だが、安易に視聴者に接近せずに作品世界がそれ自体として独立しているように感じさせる効果がある。
同じような雰囲気は永川氏がシリーズ構成を務める『スカーレッドライダーゼクス』1話にも見られた。
今期の永川氏の活躍に注目せよ。