※本記事内の画像は『月がきれい』より研究のために引用したものであり、それらの権利は「月がきれい」製作委員会に帰属します。
月がきれい研究員を自称している私だが、8話を見た直後は不満だった。
今回のエピソードって7話からほぼ直線的に進展しただけで、予想を超える展開がなかったよね。普通に予測できる範囲内というか。 #月がきれい #tsukigakirei #月がきれい徹底視聴闘争
1つは作画が荒れていたこと。もう1つは8話を通して何が変化したのかわからなかったこと。
本作は「全12話で小太郎と茜が卒業するまでの1年間を描」く作品である(Pインタビュー:http://www.excite.co.jp/News/anime_hobby/20170429/Otapol_201704_pd_2.html)。
1話ごとに作中の時間がどんどん進むので、どの2つのエピソードもその位置を交換することが出来ない。
となると「この話数では何が変化したのか」ということが大事になる。だって時間は有限だから。
7話までは毎話関係の深化が描かれてきた。
- LINEの交換
- 個人LINE
- 告白
- 受諾
- 手つなぎ
- 図書室での密会
- キス未遂
長期シリーズのフィラーのような結局何もなかったというエピソードはこのアニメにはあってはならないのだ。
そこで8話の話に戻る。僕が不満だったのは7話から8話への変化が皆無、あるいは小さすぎると感じたからだ。
7話のクライマックスは小太郎と茜のキスシーン。しかし幼女の妨害によって唇の接触には至らなかった。
一方で8話でも小太郎と茜はキスをする。今度は2人の唇は接触した。
なぜ「唇の接触」などという奇妙な表現をしたのか。それは本当にそれ以外違いが見つからなかったからだ。
考えてもみてほしい。かろうじて唇が接触しないのと接触するのと、2人の気持ちに何の本質的な違いがある?
8話を視聴した後の私は、2人の唇の間の距離が0.1mmから0.0mmになったことをもって進展と呼ぶのであれば、それはふざけた表面的なストーリーに過ぎないと思っていた。
しかし私は徐々にこの考えが間違いであったことを悟った。
最初のきっかけは2chの月がきれいスレのある書き込みである。
月がきれい 28 [無断転載禁止]©2ch.net
http://shiba.2ch.net/test/read.cgi/anime/1496940553/198
198 名前:風の谷の名無しさん@実況は実況板で@無断転載は禁止 (ワッチョイ 7d0c-Kxd/)[sage] 投稿日:2017/06/09(金) 09:21:47.04 ID:hI+1UxVe0
この作品って合わせ鏡構造多いから
今週の茜の活躍をこっそり見届ける小太郎に対して
来種は小太郎の活躍に見とれる茜なんだろうけど、
何気に泣いてる茜を「鼻が赤い」ってからかった比良のシーンも
来週なんかしらあると思う。
茜が泣くか、比良が泣くか...
この「合わせ鏡構造」という指摘を見て、更にあるブログを思い出した。
『ズートピア』におけるハードコア反復/伏線芸のすべて - 名馬であれば馬のうち http://proxia.hateblo.jp/entry/2016/05/01/131333
『ズートピア』のストーリー構成の恐ろしいまでの無駄の無さは強く印象に残っていたが、このブログ記事が丁寧にまとめていた。
そして私は「反復」に着目した見方を本作にも適用してみようと考えた。
そこで私は気づいた。そう、幼女キャンセルという展開は2回目なのだ。
1回目の幼女キャンセルは3話、比良が大会前に茜に告白しようとするシーンだ。
比良は何かを言おうとして口を開くが、幼女の声援によって遮られ、タイミングを失い「やっぱいいや」と言って去る。
読者諸君が知るとおり、この日の夜に小太郎は茜に告白し、結果的に茜と付き合うことになる。まさにタッチの差である。
確かに視聴者の目線では茜と波長が合うのは比良ではなく小太郎だ。それは2話での2人からの励ましへの反応の差ではっきりと描写されている(3話の話をしているので4話以降の描写は挙げない)。
しかしそれは比良には関係ない。
結果的に思いが実らなくても、告白できるかどうかが大事なのだ。少なくともこの作品世界はそういうルールで回っている。
それは千夏の「私、告白していい?ちゃんと諦めたいから」や比良の「俺は…まだ勝負すらしてないし」という発言に表れている。
そして比良は茜にきちんと思いを伝えられていないという点で小太郎に負けている。
では、なぜ小太郎は告白できて比良はできなかったのか。
その答えは3話の中で明確に示されている。
そう、意志。
「少くとも恋愛は、チャンスでないと思う。私はそれを、意志だと思う。」という太宰の文章がここで引用されている。
作品中でキャラクターが引用する作中作は、多くの場合作品内の絶対的な真理として扱われる。
(ここで太宰の『チャンス』を全文読み解いていってもよいのだが、本作における文学作品の扱いは一般に軽めなので、本稿でも作中で明示された部分のみを対象として考察する)
つまりここで「恋愛はチャンスではなく意志」というルールが本作に導入されたと考える。
このルールに従って考えると、比良が告白を思いとどまった理由は幼女の偶然的な声援には帰属できない。彼の失敗はひとえに彼の意志の不足によるものと解釈されるべきである。
同様に小太郎が告白できたのも、偶然電池が切れた、偶然会えた、偶然満月だったとかそういう話ではなく、彼の意志が強かったからである。
さて、7話のキスシーンの幼女キャンセルは明確に3話の反復となっている。
となれば、彼らがキスできなかったという事実もまた、3話と同様のルールによって説明されるべきだ。
すなわち、幼女が妨害したからキスできなかったのではない。意志が足りなかったのだ。
7話ではキスが失敗した後もお互いに笑いあっているから意志の欠如という問題は隠されているが、事実として意志が足りなかったからキスができなかったのだ。
すると7話と8話の変化は以下のように整理できる。
「7話キスシーンでは小太郎と茜の間にはキスができるほどの強い意志に基づいた愛がないが、8話キスシーンまでにそれを手に入れた」
7話では意志が足りない?何を言っているんだ、2人はラブラブじゃないかと思う方もいるだろうが、よく考えて欲しい。
4話から7話までの小太郎と茜の距離を縮めてきた動因は、千夏(と比良)である。
- 4話で茜が告白を受諾したのは、千夏への嫉妬が端緒となっている
- 5話で小太郎と茜が立花古書店で密会したのは、図書室での逢瀬が千夏によって台無しにされたからである
- 6話では小太郎と茜の距離の変化こそ特に描かれていないが、茜と千夏の関係が直接的に描かれている
- 7話で小太郎が茜との交際を宣言したのは、(千夏が呼んだ)比良が茜にちょっかいを出していたからである
はっきり言えば、ずっと他者からの妨害を恐れながら、むしろそれをばねにして関係を強めてきたのが7話キスシーン時点の小太郎と茜なのだ。
もちろん、それも愛の形であると考える人もいるだろう。しかし岸誠二はそれをよしとしなかった。そんなのは意志ではないとしたのだ。
あけすけに言えば勢いでキスなんかさせねーよということである。
そこで2人が、外発的な要因なしに本当に自分の意志でお互いを求め合う段階に至る8話が必要になった。
8話を最も単純に要約すれば
節子「ねえねえどこが好き?」
茜「わかんない」
↓
心咲「ねーえ、どこが好きなの?」
茜「一緒にいると安心する」
ということになる。ちなみにこのような冒頭とラストで同じシチュエーションを作って差分を明確にする手法は2話でも用いられている。
ここで重要なのは、8話の千夏の出番が極端に少なく、比良に至っては出番が皆無であるところだ。
7話からの流れで8話を見ると、小太郎と茜の関係が明らかになったから千夏も比良も諦めた(メタ的な意味での「退場」)かのように映ってしまってちょっと拍子抜けするが、そうではないことは9話でわかる。
逆に言えば9話で千夏と比良が諦めていないことを見ることで、ようやく8話の構成上の意味が見えてくるのだ。
7話で一時的に千夏と比良を追い払い、彼らの脅威がない状態で2人が存分にイチャコラして絆を深める。
非常に単純だが、ありそうでなかった、かつ絶対に必要な展開だ。視聴者へのご褒美でもある。
これによって小太郎と茜は、初めて純粋にお互いのことを見つめることができた。
2人の愛が内発的なものになっていることは、短冊を書くシーンで表現されている。
2人は誰に強いられたわけでもなく書きたいと思った。そして誰に見られるわけでもない、お互いに見せることもしない短冊に「ずっと一緒にいられますように」と同じ願いを書いた。
8話のキスシーンのミクロな演出については語りたいことが山ほどあるので別の記事にまとめることとする。
現象としてはキス未遂→キスの変化しかないが、2人の愛は決定的に深まっている。むしろキスシーンの反復によって、その背後にある愛の変化を明確に浮き立たせているとも言える。
にくいほど繊細で、丁寧で、無駄のない脚本である。
もう9話が放送され、そろそろ長期的な構成の議論ができるようになってきた。
柿原優子ひとりが全話の脚本を担当しているだけあって、話数をまたいだ反復・対比・ネタの回収は非常に多い。
- 4話で小太郎の誕生日の話が何気なく出ているが、これは8話で回収された
- 2話でイモを受け取って饒舌になる茜と、8話でイモを渡して饒舌になる茜という反復
- 1話で立花は「いろんな本読んだらいいよ」と言って小太郎にグラビア雑誌を渡す。彼は9話でも「ラノベも読んでみたら」と小太郎に言う
- 1話で部活帰りにシャワーも浴びずジャージ姿でファミレスに行った茜が、8話では小太郎に合う前に制汗剤を使っている
など挙げればキリがない。研究員として時間が許す限り考察を深めていきたい。
まとめ
- 4話~7話の小太郎と茜の進展は全て千夏と比良のプレッシャーという外的要因がきっかけになっている
- しかしそれは意志に基づく愛ではないので、3話で提示された「恋愛は意志である」というルールによって7話のキスは失敗した
- 2人が内発的な意志に基づく本物の愛を確認するために、千夏と比良を除外した8話のデートが必要だった
- その結果として8話のキスは成功した