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『夏へのトンネル、さよならの出口』『雨を告げる漂流団地』を見た

· 11 min read

ダブルヘッダーで見てきて友人と感想を話し合った。

夏へのトンネル、さよならの出口

ストーリーについて

クライマックスがあまり納得できなかった。カオルは一人でウラシマトンネルに入って何もせずに出てきただけで、意味ない行動を無理やりドラマにしているなと感じてしまった。トンネルに入ってカレンに会って、たとえば何らかの後悔を解決できたとか、カレンの本心を知るとか、そういうイベントを経て戻って来たなら意味があったなと思うけど、単にあんずのメール攻勢で翻意して帰ったんだったら、外国でも放浪していればよかったんじゃないかな。

その問題の原因になっているのはカレンや父のキャラクター造形の薄さだ。もちろん尺の都合で…という理由はあるだろうが、それでも削ったなら結果を引き受けなければならない。カレンが他人の幸せを祈る理由はわからないし、あの死に方で父がカオルを責める理由もわからない。そしてカオルがカレンに執着していた理由も判然としないし、だから取り返しに行ったのもあっさり諦めたのもよくわからない。本物かどうかも定かではない幽霊のカレンに「今の女と幸せになれよ」って言われて、それもそっかと引き返すのか…。

カオルがあんずの8年間のメールを圧縮して浴びるシーンも弱かった。あんず側が虚無感を抱えながら8年間過ごしている重みというのが感じられなかった。

小ネタとしての笑いどころは豊富だった。教室に掲げてあった「勇往邁進」は『ラブオールプレー』だし、妹死亡は『異世界薬局』、時間の圧縮は『メイドインアビス』で、実質今期アニメの集大成だった。カオルが唐突に結構太いひまわりをぶち抜いて過去の会話の再現をやり始めたところは尋常ならざるオタクの行動様式っぽかったし、漫画は作者が納得できなくても描かれたからには供養される(読まれる)べきであるというのもまたオタクの思想だろう。オタクに優しい。

映像演出について

細かい工夫が多く凝らされていた。レールを逸れた場所で見つかるウラシマトンネル、飛行機雲、鏡面、ひまわり、海と雲。

特に興味深かったのは境界の表現だ。まず前提として、この作品はウラシマトンネル内のモミジを境界とした2つの世界の時間的断絶を装置として使いながら、1組の男女の精神的な距離感の変化を描いている。

カオルとあんずが出会うシーンでは、最初はホームの柱が2人を遮っているが、カオルが柱を超えてあんずに歩み寄り傘を渡す。

Ⓒ2022 八目迷・小学館/映画『夏へのトンネル、さよならの出口』製作委員会

水族館でカオルが自らの目的を明かすシーン。最初は水槽のフレームが2人の間を遮っていたが、その後のカットではそのフレームがアーチの一部であったことがわかり、逆に2人を内側に包み込むようになる。さらにカオルが妹を取り返すという目的を話すとカオルの側に大きな魚(サメ?)が現れるが、あんずの側にもそれが現れ、やがて点対称にすれちがう。2人にそれぞれ大きな目的があり、ウラシマトンネルを利用したいという「共同戦線」の同士ではあるが、実は2人の目的は交わらず一緒には行けないことも暗示している。

雨を告げる漂流団地

ストーリーについて

長くて散漫で、説明不足も多く、監督が描きたいシチュエーションを順に詰め込んでブラッシュアップされないまま作られてしまった印象を受ける。全体の構成が悪い作品というのは、語ろうにもポイントを絞れないので難しい…。

この手の作品の王道は、主人公の内面的な課題が、主人公の冒険とシンクロしながら炙り出され、そして克服されるというものだ。しかし夏芽の内面的な問題とシンクロさせるには7人での命のかかった漂流という事件は重すぎたし、第3の主人公と言うべきのっぽという存在が複雑でわかりにくい。

  • 航祐と夏芽の物語開始時点での関係を読み解くことが難しい。過去の成り行きによって複雑にこじれているうえに、その過去の成り行きが複数回の回想によって少しずつ明らかになるからだ。
  • 夏芽とのっぽの心情を捉えるのも難しい。夏芽はつらい過去を抱えた思春期の少女だから読み取りにくいのは意図通りかもしれないが、命がかかった緊急事態にわけわからん行動をしてかき乱すのはイライラした。のっぽに関しては存在そのものが設定上ミステリアスなうえに彼自身の感情もあって発言が信頼できなかった。
  • 作品世界のロジックがあまり明かされない。特に団地脱出後は、突然衝突して沈み始めたり、突然嵐が来たり、救援が来たり、嵐を抜けたら危険はなくなってたり(沈まないんだっけ?)、状況と課題の把握が難しい。「漂流」というのは状況に流されるものだと言いたいのかもしれないけど、あからさまに謎を握ってそうなのっぽや、のっぽとの精神的なつながりをベースにわけのわからない行動をする夏芽がいる状況でこの作品を純粋な自然災害パニックとして解釈するのは難しい。

単純にシーンをバスバス減らしていくだけでだいぶ見やすくクリアな作品になっただろうと思うが…まあ描きたいものを描くのは監督の権利か。

テクニカル

ストーリー以外の作画・演出・演技・音楽はかなりいい感じだった。声優は特に少年役として田村睦心・小林由美子・山下大輝・村瀬歩というド安定と言うべきキャスティング。安定すぎて、ド素人の主演をベテランの周囲がカバーする構成なのかと思うほど。小林由美子は元気いっぱいの役、村瀬歩はミステリアスな役を期待通りに演じていたと思う。山下大輝は本当に芸達者だなあ。声の質は大きく変えないまま多彩な役ができる。田村睦心は叫びの演技を繰り返し要求されて違いを作りきれなかった感じがある。

OPは非常によかった。『ペンギン・ハイウェイ』に引き続いて阿部海太郎のメインテーマに乗せて清水洋のOP原画。阿部海太郎のピアノ・弦・管の馴染ませ方は良いですねえ。僕はクラシック寄りの劇伴が大好きです。