パンフレットも設定資料集も物語の展開を説明した部分が少なく、鑑賞後に筋を思い出すのに少し苦労する。設定資料集は新井陽次郎の設定画が大量に掲載されていていつまでも眺めていたくなる。
極上デザインの小学生が全編にわたって活き活きと描かれている作品なので、そういうのが好きな人はぜひ見よう。
以下ネタバレ テーマ?
小学4年生のみずみずしい好奇心がキャッチする日常に潜む不思議とか、ミステリアスな年上のお姉さんとか、そういう雰囲気をじっくり味わえばいいと思うが、その上でこの作品のストーリーに何かテーマがあるとすれば、それは喪失と成長だと思う。妹が「母親がいつかは死んでしまう」ことに気づいてアオヤマ君に泣きついてくるシーンは、実の親でさえいつかは失われてしまうという残酷な事実に気づく瞬間を描いている。同じようにアオヤマ君とお姉さんとの別れも避けがたいものだったが、その体験が彼の成長を促す。アオヤマ君が乳歯を失うのは大人の歯が生えてくる準備だ。「海」に吸い込まれたペンギン号が最後にアオヤマ君の手元に戻ってくるのは、手放すことの先に希望があるという救いのメッセージなのだと思う。
率直に言えばストーリーはよくわかりませんでした。必然性が。中盤まで謎解き展開で来て最後にリアリティレベルを下げて解決した印象がある。この点は原作が悪い。
性のメタファー
小学4年生のアオヤマ君と20代のお姉さんの関係を描いた本作は、性のメタファーに満ちている。まずおっぱいの形を模したケーキや地形は明示的に言及されている。他にも
- キノコ型の給水塔
- 長くて固いフランスパン:アオヤマ君がはじめてお姉さんの部屋に招かれるときに抱えている
- 巾着袋の口を縦長に広げた状態:お父さんがアオヤマ君に裏返した袋は世界の全てを内側に含んでいると説明するとき
などがある。
もちろん冗談だ。
ウチダ君とはなんだったのか
キャラ設定には「この作品で一番いわゆる普通の少年です」と書いてある。悪く言えばアオヤマ君の引き立て役である。よく転び、よく固まり、よく泣く。子供らしい感情を表に出さないアオヤマ君に代わって作品を盛り上げる役割も担っている。しかし彼は単なる舞台装置ではない。独力でアマゾン・プロジェクトを完遂し水路が無限ループしていることを突き止めている。また、興味深いことにアオヤマ君のおっぱいへの執着を聞かされて顔を赤くしている。
スズキ君のハマモトさんへの想いに気づいているあたり、彼はアオヤマ君よりも男女関係の機微に敏感だ。一方でアオヤマ君は女子生徒もいる中で気にせず全裸でプールから上がり、スズキ君から水着を取り返そうとする。プライベートゾーンへの意識が薄い(どうやら原作にはこの行動の意図が書いてあるらしいが知らなかったことにする)。
これらのことからアオヤマ君とウチダ君のおっぱいへの反応の差は、アオヤマ君がウチダ君(=作中の平均的少年)よりも性的に遅れていることを示唆している。性的な意識が薄いからこそ平然と口にできるのだ。
アオヤマ君とお姉さんの関係、いや、アオヤマ君のお姉さんへの思いはまだ恋愛という形にならない、淡くおぼろげなものだ。名前のつけられない感情だからこそ、アオヤマ君は自分の言葉で頑張って語ろうとする。それがノートに記した「お姉さんの顔 遺伝子 うれしさ 完璧」なのだ。このスペシャル感は「普通」なウチダ君によって醸成されていることは覚えておきたい。
演出への違和感 痛みの感覚
スズキ君の絡んだ子供どうしのやり取りはコミカルに描かれることが多かったのだが、誰かが傷つく場面を無神経にギャグにしているシーンがあって辛かった。たとえばアオヤマ君がスズキ君に嘘の病気を教えて不安がらせるシーンでは、最終的に死んでしまうかもしれないと脅すときのイメージ映像がスズキ君の葬式で、遺影があって、同級生が泣いているという非常に具体的なものだ。冗談で「死ぬぞ」などと言うことは確かにあるだろうが、それをご丁寧に映像化されると笑う気分にはなれない。スズキ君が他のクラスメイトをいじめるシーンでも、いくら何でもそれは笑えないだろうと思うような過激な描写が散見されて「いじり」と暴言の区別がつかない人を見ているかのような気分になる。
でも隣の観客めっちゃ笑ってた。
絵
キャラクター作画に乱れはほとんどなく、劇場の水準は満たしている。冒頭のペンギンが「海」に向かう道のりをドキュメンタリー風に撮った一連のシーン(OP原画:清水洋というのはここか?)、突然画風が変化する夢のシーン(夢パート:押山清高・橋爪陽平)、川野達朗チームの担当したというペンギンパレードのシーンが印象的だった。新井陽次郎のモブ生徒までこだわりきったキャラクターデザインも、石田・新井コンビの持ち味である教室の雰囲気の描写に寄与していた。
背景ではペンギンを見つける空き地や「海」のある草原の広々とした開放感のある絵が、密度の高い住宅地や屋内の描写と好対照をなしていた。
音楽
阿部海太郎という名前を覚えた。アオヤマ君がペンギンとはじめて出会うシーンで流れるバイオリンの整然としたメロディーや、その後に出てくるチェロの重音の使い方を聞いてバッハを連想した。クラシック音楽のバックグラウンドがある人なのだろうかと思っていたら、東京藝大卒とのこと。とは言っても佐橋俊彦も岩崎琢も東京藝大なので、出身大学で音楽家の作風を語るのはよくない。
インタビューで「生楽器にこだわった」とあるとおり、クラシカルな響きの音楽は広々とした空間を感じさせ、夏の冒険を彩るにふさわしい。大編成のオーケストラサウンドから小編成の室内楽サウンド、ピアノソロまで使い分けて、様々な状況・心情に寄り添う音楽になっていた。劇伴作曲家として確かな技量がある人だと感じた。
声
ウチダ君が一番気になった。丸みを帯びたデザインで内気で弱々しいキャラクターなので、釘宮理恵の強い声は合っていなかったと感じる。アオヤマ君はさんざん予告で聞いていたので違和感なし。お姉さんはもうちょっと澄んだ声の人が良かったんじゃないかと思うが、見終わって今から変更を主張するほどの違和感ではない。
小ネタ
- 冒頭、アオヤマ君が双眼鏡でペンギンを見ながら車道に飛び出すシーンは、早く大人になることばかりを考えている(=遠くを見ている)一方で注意力などはまだ子供であるというアオヤマ君のアンバランスさをを表現している
- 子供が未知の存在を発見して、大人に見せるとひどい目に合わされるからと隠す展開はお約束
- 街から出られないまま世界の危機に対処するのはセカイ系的って言って良いのかな?
- スズキ君、行動がことごとくひどくて最後にちょっと活躍したくらいでは埋め合わせになっていない。前述の演出の不愉快さと合わせて、割とメンタルを削ってくるキャラクターだった
- ウチダ君もいいけどコバヤシ君(CV: 村瀬迪与)もいいぞ
- 教室内でいつも話すグループが形成されているの(設定されているし描写もされている)、ハイレベルな教室描写だと思う。というか新井・石田の学校へのこだわりは尋常じゃない。『陽なたのアオシグレ』『台風のノルダ』と一貫している。
- 久野遥子の初期デザインペンギンがキモい(褒めてる)
- アオヤマ君の部屋には2段ベッドがありアオヤマ君は下で寝ているが、上に妹が寝ているシーンはない。以前は2人で使っていたが、妹の小学校入学を機に部屋を分けたとかそんな感じだろうか
- アオヤマ家、新興住宅街に一軒家で母親が働いている様子がないとなると、お父さんはかなりの高給取りなのだろうか。『未来のミライ』のあとだけに気になる。ちなみにウチダ家はアパート。
- 『未来のミライ』と言えば、「海」の中の世界がお姉さんの知識を反映したものになっているのは『未来のミライ』的か
- イオンがそのまま作中に出てきて笑ったし、「海」の中のイオンがぼろぼろになっててもっと笑った。設定協力:イオンリテール株式会社。
- チェスの盤面は全然わからなかった
- 小4の8月までを描く作品で4年生の登場人物が全員10歳ってどういうことだよ
- 宇多田ヒカルのED良い
- アオヤマ君とお姉さんが最初にチェスをしているシーンでアオヤマ君がメロンソーダ、お姉さんがコーヒーを飲んでいたので、コーヒーは成長のシグナルとして使われるぞと思ったら案の定だった。なおこのシーンは窓の映り込みや格子を利用したレイアウトが冴えている。というか20代のお姉さんとチェスする小学4年生ってどこの世界にいるんだよ
- お父さんがくれるチョコレートは何の意味があった?
- 水のCGが素晴らしいと思ったが同行した友人は「リアルに近いせいで不完全なところが気になる」と言っていた。業が深い。
- そういえばハマモトさんにほとんど言及していなかった。冒頭のモノローグで「結婚する相手はもう決めている」に合わせて映るのはお姉さんだったが、最後のモノローグでその部分で映るのはハマモトさんだった。ハマモトさんとそんなに特別な関係になってたっけ…?